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松山地方裁判所 昭和54年(ワ)593号 判決 1984年9月27日

原告

増田理香

被告

臨海建設株式会社

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して原告に対し、金二四、八六六、八七九円及びこれに対する昭和五四年四月一三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  一項に限り仮に執行することができる。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生(以下後記日時場所において被害者瀧沢梅治が事故車両により死亡した事故を本件事故という)

(一) 発生日時

昭和五四年四月一三日午前二時一〇分頃

(二) 場所

愛媛県温泉郡中島町熊田平大磯乙二二三番地

(三) 事故の態様

(1) 事故車両の故障

右日時場所において、訴外瀧沢梅治(以下「被害者」という。)は被告臨海建設株式会社(以下「被告会社」という。)の下請業者である訴外藤原土木株式会社(以下「藤原土木」という。)の従業員として、被告会社が右中島町から請負つた熊田農道新設の夜間工事(以下「本件工事」という。)の下請工事に従事しユンボを運転していた。被告西岡利行(以下「被告西岡」という。)は、被告会社の従業員として本件工事に従事し、ダンプカー(以下「事故車両」という。)を運転して右ユンボから土砂を受けていたところ、事故車両の走行ギヤーがローにかみ込んだままギヤーの変換が不能となつた。

(2) 修理の状況

そこで、被告西岡は、事故車両の荷台を上げて、シヤーシと荷台との間にあるミツシヨンケースを開いて故障部分の点検を始めた。被害者もこれに気付き、ユンボから降りて被告西岡のところへ来て一〇〇円ライターでミツシヨンケースを照らすなどして修理に協力していた。しかし同所は暗かつたので被告西岡は、ライトを取りに、約五〇〇メートル離れた作業員の仮宿舎まで行つたのであるがこの際事故車両にはキーをつけたままで何らの事故防止措置をも取らなかつた。

(3) 被害者の死亡

被告西岡がライトを持つて現場に引き返してみると、事故車両は下り坂を一二メートルほど前進した位置で停止し、しかも上がつていた荷台は下がつた状態となり、被害者はその荷台とシヤーシの間にはさまれていたので被害者を放置したまま急いで前記仮宿舎に助けを求め同所に居合せた数名の者と再び現場へかけつけたが、既に被害者は荷台とシヤーシとの間にはさまれて窒息死していた。

2  被告らの責任

(一) 被告西岡の責任

事故車両の荷台昇降装置は同車両に固有の装置であり、その作動により本件事故が発生しているから、本件事故は事故車両の「運行」により発生したものである。また、被告西岡は、事故車両の所有者であり、事故直前まで事故車両を運転していたものであるから、自己のために事故車両を運行の用に供していたものである。よつて、被告西岡は自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条の運行供用者責任を負う。

(二) 被告会社の責任

(1) 運行供用者責任

被告会社は、被告西岡の使用者であり、被告会社が請負つた本件工事をさせるため被告西岡に指示して事故車両を運転させたものであるから、被告会社は事故車両の運行につき運行利益、運行支配を有していたものであり、運行供用者責任を負う。

(2) 民法七〇九条の責任

被告会社は、藤原土木の元請会社として自己の管理する本件工事に被害者を従事させるにあたり、危険防止等十分な安全を配慮する義務があるのにこれを怠り、現場監督を置くこともなく、また無免許である被告西岡に事故車両を運転させ、これらの結果、本件事故を招いたから不法行為責任を負う。

3  被害者の権利の承継

原告は、被害者の実子であり、唯一の相続人である。

4  損害

本件事故による被害者の損害は次のとおりであり原告はこれを相続した。

(一) 葬儀費 金七〇〇、〇〇〇円

(二) 死亡逸失利益 金三四、一六七、六七九円

被害者は、死亡当時健康な二九歳の男子であつたから、本件事故に遭わなければ、少くとも一般男子の収入があつた筈であり、右得べかりし利益は昭和五三年賃金センサス第一巻第一表の年齢別平均給与に基づき、死亡時の収入は月額金二二六、三〇〇円とし、就労可能年数三八年(ホフマン係数二〇・九七〇)、生活費控除四〇パーセントとして死亡による逸失利益を計算すると金三四、一六七、六七九円(226,300×12×20.970×0.6≒34,167,679)となる。

(三) 死亡慰藉料 金一二、〇〇〇、〇〇〇円

以上合計金四六、八六七、六七九円

よつて原告は、被告ら各自に対し、右損害金のうち既払額を控除した金二四、八六六、八七九円及びこれに対する昭和五四年四月一三日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  事故の発生について

(一) 請求原因1(一)(発生日時)、1(二)(場所)、及び1(三)(1)(事故車両の故障)、の各事実は認める。(たゞし被告西岡が被告会社の従業員であることを除く)

(二) 請求原因1(三)(2)(修理の状況)の事実のうち、暗くて修理ができず、被告西岡がライトをとりに仮宿舎まで行つたことは認めるが、その余の事実は否認する。修理は被害者が始めたものであり、被害者は運転席と荷台との間にある予備タイヤを取りはずしてミツシヨンケースをみていた。この時、被告西岡は荷台を上げてはいない。また、ライターで照らしていたのは被告西岡である。

(三) 請求原因1(三)(3)(被害者の死亡)の事実は認める。

2  被告らの責任について

(一) 請求原因2(一)(被告西岡の責任)のうち、本件事故が事故車両の運行により生じたこと、被告西岡が運行供用者であることはいずれも争う。

(二) 請求原因2(二)(1)(被告会社の運行供用者責任)の事実のうち、被告会社が被告西岡の使用者であること、被告会社が被告西岡に指示して本件工事において事故車両を運転させたことは否認する。被告会社に運行供用者責任があることは争う。

請求原因2(二)(2)(被告会社の民法七〇九条の責任)の事実のうち、被告会社が本件工事を管理していたこと、安全配慮義務を怠つたことは否認する。また、現場監督を置かなかつたこと及び免許運転手に事故車両を運転させなかつたことと本件事故との因果関係を否認する。

3  請求原因3(被害者の権利の承継)の事実については知らない。

4  請求原因4(損害)については争う。

三  抗弁(被告両名)

1  運行支配、運行利益の喪失

被害者は、被告西岡の反対を押し切つて修理を始めた。そして被告西岡にライトを取りに行くよう命じ、被害者は現場に残つた。この時点で被害者は、修理のため事故車両を預つたと同視できる。このような場合、修理者である被害者に運行支配及び運行利益が移つたとみるべきであるから、運行供用者は被告西岡でなく被害者である。

2  自賠法三条但書

(一) 自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと。

被告西岡は、ライトを持つてくるため事故現場から離れる際、エンジンを停止し、サイドブレーキを引き、後輪に石をかませたのであり、被害者が被告西岡の帰りを待たずに勝手に自動車を操作し事故を起こすことまでは予見しえないから、被告西岡は自動車の運行に関し注意を怠らなかつた。

(二) 被害者の過失

本件事故の態様は次のとおりである。

本件工事中、事故車両のギヤーがローにかみ込んだが、この時被告西岡は修理することに反対だつたにもかかわらず、被害者はそれを押し切つて自ら事故車両の修理を始めた。しかし明かりがなかつたので、被害者は被告西岡にライトを取りに行かせた。現場に残つた被害者は、夜間ライトもないのに、またギヤーの修理のために荷台を上げる必要もないのに、ギヤーがローに入つたままエンジンをかけ、事故車両を前進させながら荷台を上げ、荷台とシヤーシの間に体を入れて修理を続けた。このように荷台の下で作業をする場合は安全支柱、安全ブロツク等の安全対策を講じる必要があるのに、被害者はその措置をとらなかつた。そして、被害者は、修理中、荷台の昇降を制御するP・T・Oレバーに連結するロツドの作用によつて荷台が下降したため、荷台にはさまれた。

以上の事実からして、本件事故は被害者の重大な過失により発生したものである。

(三) 自動車の構造上の欠陥の不存在

本件事故に関し、ダンプカーの荷台には何らの構造上の欠陥はなかつた。

3  過失相殺

被害者には右1(二)(被害者の過失)の如き重大な過失があり、過失割合は被害者九、被告ら一であり、この割合で過失相殺されるべきである。

4  損益相殺

原告は被告らから、自動車損害賠償責任保険金として金二〇、〇〇〇、八〇〇円、労働者災害補償保険金として金二、〇〇〇、〇〇〇円合計金二二、〇〇〇、八〇〇円の弁済をうけ損害金に充当した。

四  抗弁に対する認否

抗弁4(損益相殺)の事実は認める。

五  被告らの法律上の主張

1  被告両名の運行供用者責任について

(一) 自賠法三条の「運行」について

「運行」とは、「自動車を当該装置の用い方に従い用いること」をいう。被告西岡は事故車両のエンジンを停止し、サイドブレーキを引き、後輪に石をかませたから、この時点において運行状態は終了した。その後の荷台の昇降は、被害者自身の修理行為として行われたものであつて、同人の右修理行為は被告西岡の運行には該らない。仮にそうでないとしても被害者の行為は土砂の運搬等のためになされたものでないから、荷台を当該装置の用い方に従つて操作した場合に該らない。

(二) 同法三条の運行供用者について

(1) 本件事故車両の所有者は訴外西岡初美であり、同人が営業活動に利用していたのであるから、運行供用者は同人である。

(2) 被告会社には運行利益及び運行支配はない。

(三) 同法三条の「他人」について

被害者は、自ら運転して荷台を上げたのであるから、運転手であり、同条の「他人」には該らない。

2  被告会社の民法七〇九条の責任について

本件工事は訴外藤原土木の責任において行われていたのであるから、被告会社には本件工事を管理する責任はない。また、被告会社は、本件工事に現場監督者を置くべき法律上の義務もない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因事実のうち、事故の発生日時、場所、事故の態様、被害者の死亡等の事実関係については、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、事故車両の修理の状況につき検討する。

証人船越隆志の証言及び被告西岡本人尋問(第一回及び第三回)の各結果によれば、次の事実を認めることができる。

事故車両が故障したとき、被告西岡は、事故車両を下り坂方向に向けて停車させ、エンジンを止めた。そして同人は機械の知識に乏しく夜間でもあるので修理をあきらめ作業を中止するよう被害者に申し向けたが、被害者は、早急に故障を修理して作業を続行すべく道具箱を携えて事故車両の処へ来て自ら進んで修理を始めたので被告西岡もこれを手伝い事故車両の後輪に石をかませた。被害者は、ユンボのライトを事故車両の方へ向けて照らし、自ら事故車両の運転席と荷台との間にある予備タイヤを取りはずし、ミツシヨンケースの蓋を開けて中を覗いていた。(この時、荷台は上つていなかつた。)しかし、暗くて修理ができなかつたため、被害者は、被告西岡や、現場で他のダンプカーを運転していた訴外船越隆志(以下「船越」という。)に指示して、マツチやライターの火でミツシヨンケースを照らさせて修理を試みたがこれらの明かりでは不十分なため右二人に対し、仮宿舎からライトを取つて来るよう要請した。そこで被告西岡は、事故車両にキーをつけたまま、船越の運転するダンプカーに乗つて、ライトを取りに仮宿舎へ向つた。

以上の事実を覆すに足りる証拠はない。

二  事故の原因について

原告は、本件事故の原因は、被告西岡が修理の際上げた荷台が降下したことにあると主張する如くである。

しかし前掲証拠によるも被告西岡が修理の際荷台を上げた事実を認めることはできず、また、被告西岡がライトを取りに行くため現場をはなれるまでに、被害者以外の誰かが荷台を上げた事実も認められない。

証人田中富久および被告西岡利行本人尋問の結果(第一ないし三回)によれば、本件車両の荷台を上げるには運転席のPTOレバーを引くか右レバーに連結している荷台下のロツドを引く以外に方法がないところ、いわゆるギヤーがローにかんだままの状態では車両を前進させたままPTOレバーを引かなければ荷台は上がらないこと、そして右の如くして上げた荷台は、車両を走行させたままPTOレバーを引くか、車両を停止させてロツドを引くかしなければ、下らないことが認められる。右事実に原本の存在およびその成立に争いのない甲第一〇号証、証人船越隆志、同都筑利雄、同藤本茂雄及び同大和田信雄の各証言、検証(第一及び第二回)の各結果を総合すれば、次の事実を推認することができる。

被害者は、被告西岡らがライトを取りに現場から離れた後、ミツシヨンケースの中を修理するには荷台がじやまになるため、つけたままになつていた事故車両のキーで勝手にエンジンをかけ、荷台を上げた。その際、ギヤーはローにかみ込んだままになつていたので、事故車両は荷台を上げながら下り坂方向へ約一二メートル前進した。被害者は、その場で荷台を上げたままエンジンを止め、荷台とシヤーシとの間に上半身を入れ、ミツシヨンの修理を続けた。ところが、ミツシヨンケースの近くに、荷台を上下する油圧ポンプと荷台の昇降を制御する運転席のP・T・Oレバーとを連結するロツドがあり、被害者は修理中にこのロツドに触れてそれを動かしたので、油圧ポンプの油圧弁が動き、上つた荷台をささえていたホイストンシリンダー内の油圧が下り、荷台が急に降下したため、被害者は、荷台とシヤーシとの間にはさまれて窒息死した。

右事実を覆すに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、本件事故は、被害者の上げた荷台が、被害者の動作が原因で降下したことにより発生したものと推認することができる。

三  被告西岡の運行供用者責任について

1  運行供用者について

証人西岡初美の証言及び被告西岡本人の尋問(第一回)の結果によれば、事故車両は昭和四五年六月ころ被告西岡が購入したものであること、事故車両の所有者名義は購入時から事故当時まで被告西岡であること、被告西岡は運転免許を有していなかつたので、購入当初は雇つた人に事故車両を運転させていたこと、被告西岡は昭和四六年、初美と結婚し、以後は初美に事故車両を運転させていたが、その後も整備等は被告西岡が行つていたことをそれぞれ認めることができ、これらを覆すに足りる証拠はない。そして、右各事実を総合すれば、被告西岡は事故車両の運行利益及び運行支配を有していると解することができるから、被告西岡は運行供用者と認められる。

2  「運行」性について

被告らは、被告西岡が事故車両のエンジンを停止し、サイドブレーキを引き、後輪に石をかませた時点で事故車両の運行の状態は終了したと主張する。しかし、「運行」とは、自動車の走行装置により位置の移動を伴う走行状態におく場合だけでなく、操縦者において自動車の固有の装置をその目的に従つて操縦する場合も含まれる(最判昭和五二年一一月二四日)。そして、本件事故は、ダンプカーの固有の装置である荷台の昇降装置を操縦するに際して生じた事故であるから、停止中であつたとしても、なお運行状態にあつたと認められる。しかしながら、本件は被害者が、荷台を修理のために操縦したことにより事故を惹起させたのであり、この場合の荷台の昇降が右にいう「その目的に従つて操縦」した場合にあたるかは極めて疑問である。しかし、必ずしも「運行」にあたらないとも言い切れないので、さらに他の主張事実についても判断する。

3  「他人」性について

被告西岡が運行供用者責任を負うためには、被害者が自賠法三条の「他人」にあたらなければならないが、「他人」とは運行供用者及び運転手以外の者でなければならない(最判昭和三七年一二月一四日)ので、この点について検討する。既に認定したとおり、被告西岡は、工事作業中は事故車両を運転していたが、故障後、エンジンを止め運転を中止し、一旦現場をはなれた。被害者は、その後自らの判断でエンジンをかけ、自ら荷台を上げ、被害者の行為によつてその荷台を降下させて本件事故を引き起こした。これらの事実を総合すると、被告西岡は運転に対する具体的支配を一時失ない、その間、かわつて被害者が運転を支配し、その運転によつて事故が発生したといえる。つまり、事故時に具体的運行に従事していたのは被告西岡ではなく、被害者自身であつたと認めることができる。したがつて、被害者は、本件事故については運転者であり同法三条の「他人」にはあたらないと解するのが相当である。

以上の次第で被告西岡の運行供用者責任はこれを認めることができない。

四  被告会社の責任について

1  運行供用者責任

証人西岡初美、同木下英昌及び同木下好光の各証言を総合すれば、被告西岡は、被告会社の紹介により、藤原土木が事故車両とともにチヤーターしたものと認められ、これに反する証人藤原征夫の証言は右証拠に照らしてにわかに措信しがたい。右事実によれば、被告西岡は被告会社との間に雇用関係は認められず既に認定のとおり事故車両は被告西岡の所有であるから被告会社が事故車両に対し運行利益及び運行支配を有していたということはできない。

2  民法七〇九条の責任

(一)  藤原土木が被害者の使用者であることは当事者間に争いはない。そこで、被告会社の不法行為責任を考える前提として、まず、藤原土木の被害者に対する不法行為責任を考える。

一般に使用者は、労働者をして指定した労務給付場所に配置し、設備、機械、器具等を提供して労働者にその労務給付を実現させる場合には、その労務給付に対し単に報酬支払い義務を負うだけでなく、右諸施設から生じる危険が労働者に及ばないよう労働者の安全を配慮すべき義務も負うと解するのが相当である。そして、その義務の具体的内容は、労働契約の内容、使用者の提供する労務給付の場所等具体的な状況に基づき、関係取締法規等も参酌して決定することが必要である。

原告は、右義務の具体的内容として、現場監督を置くことと、運転免許者に事故車両を運転させることを主張する。そして、検証(第一回)の結果によれば、本件工事は地山の斜面を削り農道を設置する作業であることが認められるところ、労働安全衛生規則によれば、地山の掘削工事には作業主任者を選任し(同規則三五九条)その者の指揮のもとに作業をさせること(同規則三六〇条)、運搬機械等には誘導者を配置すること(同規則三六五条)等が要請されている。もつとも、これらの規則は行政上の取締法規であり、これらの規則に基づく使用者の義務は公法上のものであるが、これらの規則の違反が損害との間に因果関係を有し、同規則が著しく不合理なものではない限り、民法七〇九条の過失があるものと推定されるべきであるから、右各規則の要請は、本件のような工事を行なう使用者が、労働者に対して負担する安全配慮義務の具体的内容となり得るものと解することが相当である。

しかし、さらに検討するに、被害者は、藤原土木の従業員であり、本件工事では右藤原土木所有のユンボを運転していたことは当事者間に争いはなく、また、証人藤原征夫の証言によれば、被害者は無免許であつたことが認められるから、被害者と藤原土木との間における労働契約の内容として被害者が本件工事で履行すべき労務は、ユンボを運転することと、それに付随する作業であり、被告西岡所有のダンプカーの修理をすることまでは含まれていないと解するのが相当である。しかるに、前に認定したとおり、本件事故は、ユンボの運転及びそれに付随する作業とは関連性のない、被告西岡所有の事故車両の修理の際に発生したものである。そして、使用者が労働者に対して安全配慮義務を負うのは、労働者の労務の提供に対するものであるから、本件のように労務の履行と関連性のない作業によつて生じた事故についてまで使用者に安全を配慮すべき義務を負わせることは困難である。

したがつて、仮に藤原土木が前述のような労働安全衛生規則に違反していたとしても、労務の履行と関連性のない本件事故においては、藤原土木は安全配慮義務違反の責任は負わないといわざるを得ない。

また、右に認定したとおり被害者は無免許であり、証人藤原征夫及び同船越隆志の各証言並びに被告西岡本人の尋問(第一回)の結果によれば、本件工事に関与していた船越及び被告西岡も無免許であつたことが認められるけれども証人西岡初美の証言によれば、初美は運転免許を有していたにもかかわらず、本件事故により前に初美が事故車両を運転していたときにも、本件故障と同様のギヤーがかみ込む故障が起きたこと、その修理は修理屋を呼んで行なわせ、初美自身では行なえなかつたことを認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。そうすると、本件工事の際、仮に被告西岡あるいは被害者が運転免許を有していたとしても、本件と同様の故障が発生する可能性は十分あり、また、その修理も被害者あるいは被告西岡によつて安全に行なうことができたということは言えない。したがつて、本件工事に運転免許を有する労働者を使用しなかつたことと本件事故との間には、因果関係を認めることができない。

(二)  次に被告会社の被害者に対する民法七〇九条の不法行為責任を検討する。

本件工事は被告会社が請負い藤原土木が下請したことは当事者間に争いはなく、前記甲第一〇号証及び証人藤原征夫の証言によれば、被告会社は本件熊田農道新設工事の一部を直接行なつたことが認められ、これに反する証人木下英昌及び同木下光好の各証言はにわかに措信しがたい。したがつて、被告会社は、本件農道工事のすべてを藤原土木に下請させたものではなく、一部の工事を直接行なう労働安全衛生法にいう元方事業者にあたる可能性がある。そして、同法によれば、元方事業者は、下請負人の労働者が同法あるいは労働安全衛生規則等に違反しないよう必要な指導、指示をしたり(同法二九条)、労働災害を防止するため協議組織の設置、運営を行なう等(同法三〇条)の義務を負う。

しかし、前に藤原土木について述べたと同様の理由により、被告会社の不法行為責任を認めることはできない。付言するに仮に被告会社に不法行為責任を肯定しても前認定の被害者の過失をしんしやくすれば、損益相殺が存するので請求棄却の結論には影響しないものと考える。

五  結論

以上の事実によれば、本訴請求はいずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 中根與志博 蜂谷尚久 岡文夫)

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